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around the 《ミューズ》 from 朝
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少女マンガ

2011/07/30 11:46
《1980年7月30日(水)》
 少女漫画に挑戦のつもりで、吉田まゆみの「れもん白書」@〜Bをヨンでみた。初めはストーリーよりも、絵そのものに抵抗があり、時間を費やして馴れを作った。
 須賀彰と滝口早苗の高校生同士の恋愛意識とその環境のプラス、マイナスを著者の優しさを第一等にして描いている。内容に至近性と日常一般性が貫かれて、ドラマチックである筈のものの、小さな冒険心が柔和な訴求力に抑えられてしまっている。
 たとえば、村野守美や真崎守の冷徹な視座には遠く、及ぶべくもないから単なるストーリー漫画に堕している。
 だから漫画だといえるかも知れぬ。しかし、女性心理の彩層には惹きこまれた。一部Good!
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夏に賭ける

2011/07/25 20:52
というのが、あったと思うのだ。毎年のように夏休みを前にして、観察やら研究やら、工作とか、または親戚とか友達んちへのお泊まりなどなど。これらは楽しいほうだけど、忘れてしまった中におそらく苦渋を含んだ辛い夏もあった筈、なぜなら好都合なものばかりが思い出されるわけがない・・・しかし数年を経てフィルターにかけられて美しい、想いでとしてすべてがよみがえる。そしてすべてと言ってもいつも同じ限られた数10枚のシーンだけなのだが?
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昔、デザイン学校(夜・1967、8年?)にいってた頃、宿題で写真を撮りまくる夏休みのテーマがあった。暑い盛り府中の甲州街道沿いでシャッターをきった。ペトリの35oか、借り物のペンタックスだったろう。  今年5月に映画「鉄塔武蔵野線」を観た。この電柱よりももっと大きくつながりも奥行きもずっと、無限(?)な、尖塔を小さな伊藤淳史くんは追った。駆けたと思う。最初は2人だったけど、しまいには1人きりで、武蔵野台地のかわいた赤土のほこりにまみれた。夏が来る前に、賭けた こと。そうしてたいへんなことを遂行した。 もう一つ挿入します、尾張一宮の水無神社の朝だと思うが、ゆうべの宿泊のことなどすっかり思い出せない1975年のさわやかな夏。  《2008年7月26日(土)ノート》
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夏祭り

2011/07/21 10:26
《1979年7月21日(土)》
 祭りである。この地で(=水海道)、6度か7度目かの祇園祭である。
 以前は相当好きだったお祭りも、故郷のお祭りにしばらく縁遠くなったら、あの胸騒ぎのするような笛の音すら、この頃はやけに習慣的な運指のメロディに聞こえてきて、ただただ宙に浮いてるふうだ。やはり神楽囃子(水海道)とでは、佐原囃子(故郷)の哀愁にはいろんな意味が感じられて、数倍も我が田舎、故郷を讃えてしまう。
 いつか、ふる里の祭りを見せてあげたい。

 なーんて、思っていたんだね、そんな嗜好が皆無になって2011年。
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回顧的かと

2011/07/16 09:26
思いきや?さにあらずサンタナは健在!クルマの中でライブ盤を聴いてみた。ますます陽気な感じが発揮されて、単純なすかっとするギターの切れ味に満足できる。過去のヒットチューンよりも新しい曲にダンサブルな魅力を加えて、ラテン音楽の現在の主流を見いだすのだ。当時、名を連ねていた、ハドリィ・カリマン(サックス)や、ルイス・ガスカ(トランペット)は抜けていてフュージョンらしきサウンドは微塵もない。そう言えば、サンタナの弟は「マロ」というラテンロックバンドを率いていたはず。30年くらいも前のことだ。   《2007年7月16日(月)ノート》
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みずいろ

2011/07/11 14:25
《1980年7月11日(金)》
 あの時のMUSEとは、もう様変わりの状態で、それは居ないこと自体が証である。
 卓をはさんで座る純情分子に、冷めきらない気持ちを尋ねると同じ齢なのに、昨秋から既に脱皮を繰り返す昆虫のように、その少女の変化が淋しく映ったそうだ。
 さもあろう、必然性が潮のように押し寄せて、少女を包み込む環境の新たなる窓口が挨拶を始めて招きだしたのだから、一方的に理解掌中と決め込んでいた傾倒心に微笑を感じてしまう。
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 色で言えば水色の少女。肉体も感情も残らず、ただ水色の透明感がうっすらと漂い、力を抜いた心地よさが少女の傍から流れ出ている。私にとって少女は一種の神であり、モンクよりもジャズであり、究極の悟りであった。
 魂が小馬鹿にしたように身体の周囲をぐるぐる回りひそやかに喋っている。
 「顔が良ければ全てよしとする発想は女への無知から来るんだぜ。」  知性をもっていかれて本音の私。
 「なら何が大切だ。」
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たなばた=あやめ

2011/07/07 09:41
おふくろの名前は「あやめ」、そして誕生日が7月7日。10数年前に死去。正確には明治41年生まれで元気だったら今年100歳というところ。かなりしっかりした闊歩状態を続けていたから84歳で急死することが少し残念で不思議な想いも当時はした。ということで16年も経つということか。七夕は単純な結びつきで命日よりも、はるかに忘れない「あやめ」さんのこと。  《2008年7月8日(火)ノート》
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マーチング・ソング

2011/07/04 09:52
 やっと「ラヴ・ソング」に出会えて、積年の溜飲を下げたと思った嬉しさから、今度はCD化されていない「マーチング・ソング(1、2)」=この時2007年、その後発売されたCDを購入=のレコードの重みを、今朝7月4日、手にとってみて強く感じた。まさに重厚なんだと思わずにいられない。
 チャーリー・ヘイデンの「リべレイション・ミュージック・オーケストラ」と重なるマイク・ウエストブルックの最高傑作だと思っている。いかにもヨーロッパという感じがするのは、ヘイデンの直接的な音群の切り込みに対して、ウエストブルックがアイロニーを蓄えた表現の、動対静の「静」の部分をしっかり捉えていることだ。
 トム・クルーズの「7月4日に生まれて」は、勝利の行進、凱旋の紙ふぶきの中で、決して喜べない、もちろん負傷だけではない、心の傷をも持ち帰ってきた姿を、自ら認識する悲惨な軌跡を描く。昔、この映画を見たとき「マーチング・ソング」を思い出した。VOL.1のA面最後の「ワルツ(フォー・ジョアンナ)」はジョン・サーマンの執拗なソプラノが寂しげな、半旗の気持ち露わで切々と訴える。目頭が熱く重たくなる。アルバム・ジャケットも素晴らしい。1969年作品。(奇しくもヘイデン作も)。映画は1989年。 《2007年7月4日(水)ノート》
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